RETRO少年の懐古録

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【スポーツ】トライアスロンについて「兄弟子のケンジ」

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 トライアスロンをご存知だろうか?

 この世にいながらにして地獄を味わう方法の一つである。

 

・水泳 1.5㎞

・バイク 40㎞

・ラン 10㎞

これらの種目を通しで行う…耐久競技である。

 

1㎞というだけでも、運動音痴には頭が痛い。

しかし、この51.5㎞はあくまで「オリンピックディスタンス」と呼ばれる、標準の距離なのである。

 

上には上が、地獄の上には大地獄がある……

 

大地獄……

その名も「アイアンマンディスタンス」

鉄人距離である。

 

・水泳 3.8㎞ 

・バイク 180㎞

・ラン 42.195㎞

 

最早狂気の沙汰としか思えない。

鉄人距離というより殺人距離である。

しかし、地獄の下には小地獄もある。

 

・スイム 750m

・バイク 20㎞

・ラン 5㎞

 

「ショートディスタンス」も存在する。

 

 ……

 ……

 ……

 

私は、高校生や、中学生などもいる、社会人のトライアスロンチームにいたことがある。

変わりたい一心で、地獄への門を叩いたのである。

 

実際……飛びぬけて弱かった。

高校生や年下、女の子にも、よく馬鹿にされた…

 

「努力してる割に、たいして速くないよねー!」

「経験歴はいっちょ前だけどねー」

 

私はその時トイレにいた。

チームメイトの、私に対する陰口は筒抜けだったのである

陰口とはいえ、ド正論。

トイレの中で、虚しさを覚えた。

 

その時……

「あいつを馬鹿にすんなよ」

鋭い声が飛んだ。

「あいつは確かに速くない。でも、一歩一歩は小さいけど、確実な努力で着々と進歩しているよ」

 

彼の名は「ケンジ」(仮名)……

2個上の先輩で、チームの中でもエースに次ぐような実力者だった。

いつも、私の自主練習に協力してくれた。

 

私のような運動音痴に……身を、時間を割いて協力してくれた。

 

ケンジさんのおかげで、私は、半年から1年ほどかけて、水泳で1500mが泳ぎ切れるようになり、バイクで3本ローラーに乗れるようになり、競争で5min/kmで走れるようになった。

しかし、出場した大会では、最下位から二番目……

それでも、ケンジさんは、完走した私を、熱く称え、涙を流してくれた。

完走した末乾燥した身体からは、一滴の涙も出なかったとはいえ、心で泣いていた。

 

いつか、大会で入賞するまでに成りあがって、ケンジさんのようになりたい。

そう思っていた。

 

しかし、ある日突然……

ケンジさんはあっちの世界へ行ってしまった。交通事故だった。

朝6時に電話を受け、不安と恐怖に怯え、泣きながらケンジさんのいる病院へ向かったのを覚えている。

 

ICUで出会ったケンジさんを見て、ケンジさんだと分からなかった。もう呼吸をしておらず、ほぼ、即死状態だった。

あまり詳しい話は聞いていないが、飲酒運転の車にはねられ、頭を打ったらしい。

 

ケンジさんは、朝4時から、トレーニングをしていたのだった。

ケンジさん愛用のランニングウェアは、どす黒い赤色だった。

緑色が好きなケンジさんが、赤色のウェアを着るはずがない……

 

今思い出しても、身が震え、髪の毛が逆立つような深い哀しみを感じる。

 

それっきり、私はトライアスロンを辞めてしまった。

 

…… 

……

……

 

 しかし、今でも、時々泳ぎに行ったり、漕ぎに行ったり、走りに行ったりする。

 

 トライアスロンという柱を一つ失ったが、スイミング、サイクリング、ランニングという趣味が3つ増えた。

 結果的に、人生が豊かになったのではないかと思っている。

 

 兄弟子ケンジのことは忘れない。