RETRO少年の懐古録

ミステリー、ホラー、サイエンス、サスペンス、SF、怖い話……

【語り】人殺し

 誰しも「ある人を殺したい……」と考えたことがあるのではないだろうか?

 

 「殺したい」……その感情は、いつしか「殺さねばならない」に変貌し、その感情は、行動に成る。

 ほとんどの人の場合、実行せずに終わる。

 だが、中には、突発的な怒りで事を起こしてしまったり、積もり積もった怨恨を消化できずに、殺ってしまったりする。

 

 ・「誰か特定の人を、こんな理由で殺したい」

 ・「誰でもいいから、こんな理由でこんな風に殺したい」

 

 大きく分けて、殺人者には上記の2種類がいると自論を構えている。

 私は、上の感情を抱いたことがある。

 

 ・「こいつ、冗談とはいえ、私の生命を罵倒しやがった。恨むぞ……許さん。殺してやる……」

 

 流石に「誰でもいいから殺したい」の感情を抱いたことはない。そんな人がいたら、即精神科行きである。

 

 当然だが、実行に移したことはない。

 だが、その一歩手前だったことは間違いない。

 済んでのところで、異変に気付いた友人の機転により、カウンセラーを紹介され、またそのカウンセラーが当たりだったため、私は事なきを得た。

 

 そんな境地を経たから、いえること……

 

 「殺人」=「自殺」の公式である。

 

 人を殺せば、その人に頭を悩める必要はなくなる。

 だが、自分、そしてその家族は殺人者のレッテルを張られ、残りの生涯がガラリと暗いものになってしまう。

 仮に完全犯罪を成し遂げても、罪の呵責は残る。

 何故なら、憤怒を抱き、精神が平静を保てていない状況では、視野が狭くなってしまうからである。

 即ち、殺人願望が高まってくると、殺すことは考えられても、殺した後のことが考えられなくなってしまうのである。

 「人を呪わば穴二つ」

 殺人の結果は、自分の死に近しい結果になるのである。  

 

 人は人と関わって生きている。

 百獣の王ライオンが、水の中では生きられないように……当然、相性というものは存在する。

 関わってはいけない人が存在する。

 

 「神様は人に乗り越えられない試練を与えない」という言葉はあるが、

 神様は普通に、乗り越える必要のない試練を与えてくる。

 

 「回り道したっていいじゃないか、人間だもの みつを」

 

 一度深呼吸して、視点を時空間的に大きくし、落ち着いて、人生を明るいものにする算段を、考えてみたらよいと思う。

 時には逃げなければならない場合もある。

 

 これはあくまで私の持論。 

 万人、万物のケースには当てはまらない。

 相談があれば受け付けるので、是非、コメントに書いて欲しい。

 

 あなたの人生が美しく明るいものであらんことを……