塾講師のバイトをしていた時の事……
中学3年生の生徒を受け持った。
4月のことだった。
かなり、素行の悪い生徒で、学校をさぼったり、塾の宿題をすっぽかしてしまうという。
しかし、事情があった。
初対面の私は、なるべく彼を刺激しないよう、柔和に……しかし、子ども扱いしないように、対等に接した。
すると……
「……先生……親父とお袋が仲悪くてよ……今祖父さんの家に預けられてるんだよ」
急な訴えに「え?」としか言えなかった。
「噓でこんなこと言わねえよ……正直受験どころじゃねえんだよ。離婚するならよ……最初っから産まねえで欲しかったよ。なんで俺を作ったんだよ。」
腕には、血が滲んでいた。
既にかさぶたがあったのである。
個別指導の塾であったが、そこには他の生徒もいたため、私はその子を連れ出し、別室で話を聞いた。
「先生……俺、どう生きて行ったらいいか分からねえよ」
私は、少し考えて、言った。
……
……
……
魚っているだろ?
大体の魚は、親に卵を産まれたら、それっきりだ。
後は自分の力で生きて行くしかねえんだ。そいつが生きられるかどうかは、自然が決めること。
お前はとにかく、生きる努力をしろ。
遅かれ早かれ、親離れはするんだ。しねえ奴らや、させなかった親が、引きこもりとか、ニートのような、社会のお荷物になっちまうんだ。
とにかくお前は生きろ。
魚だろうが何だろうが、生物は、自殺も自傷もしねえ。それをやってしまったら大変なことになるって暗黙の了解があるんだ。
……
……
……
この助言が正しかったのかどうかは分からないが、この生徒は、学校にも通い出し、塾にも次第に来るようになり、受験にも受かって、今は家族と仲良く暮らしているらしい。
彼の父母が離婚したのかしていないのかは不明だが、彼は活力的に生きている。
しかし、彼の悲痛な訴えは、耳底に残っている。
だれにも頼れず、頼っても大した救いはなく、藁にも縋る思いで、ほとんど絡みのない塾講師に助けを乞いに来たんだろう。
人間には想いがある。魚とは違う。
どんな事情があるんだかは知らないが、産んだのならば、死ぬまで愛せ。
人間として生きたいならば……
また、恨まれたくなかったら……