RETRO少年の懐古録

ミステリー、ホラー、サイエンス、サスペンス、SF、怖い話……

【怖い話】狙われた男

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 俺はよく、命を狙われた。
 相手は殺し屋などではない。
 そこらへんにいる生命だ。

 ――――――――――――――――――――――

 異変に気づいたのは、幼少の頃だった。
 野犬に命を狙われた。
 野犬とはいえ、小さい子犬である。
 そうそう人間を殺す力はない。
 しかし、その幼い身体には、鼻先から、尾の先端まで、並々ならぬ怨恨がこもっているのを感じた。
 何よりも、その眼光…… 
 憤怒とも殺意ともとれる……鋭利な視線……
 こいつは……間違いなく俺を殺しに来ている……
 本物を見たことはないが、殺し屋の眼光とはこのようなものだろうと感じ取った。
 
 その後、その犬は、俺を助けに来た大人によって殺された。
 俺は犬にちょっかいを出した覚えはない。
 恨まれる覚えなど、微塵もないのだ。
 
 幸いにも……咬傷は軽くで済んだ。
 
 ……
 ……
 ……

 旅行で、景勝地に行ったとき……
 突然、樹上からリスが襲い掛かってきた。
 クルミの殻さえも砕く、小さいながらも鋭利な凶器は、俺の首筋に突き刺さった。
 俺は反射的にリスをはじいた。
 奴は、石に頭をぶつけ、動かなくなった。
 首筋の傷は、もう少し深かったなら、切れてはいけないモノを切っていた……と医者は言った。
 
 ……
 ……
 ……
 

 ある夏……
 ううっ!!!
 俺は部屋の中で一人、叫んだ。
 この密室に、どうやって入り込んだのか……巨大な蜂が、俺の首筋に毒針を刺した。
 幸い、大事には至らなかったが……
 間違いない……この蜂は俺を狙ってきた。
 俺は蜂など全く刺激していないというのに……

 ……
 ……
 ……
 
 こんなのはまだ氷山の一角である……
 大体、1年に1回~2回、俺は命を狙われる……

 中でも……本当に恐怖を感じたのは……
 いや、一件残らず恐ろしいのだが……中でも本当に死に近づいた2つの経験がある。
 
 海釣りをしていた時だった……
 -ピュンッッッ!!!
 海中より、突然、細長い何かが飛び出し、俺の首は貫かれた。
 ダツと呼ばれる魚である……
 うあああああっ!!!
 俺は意識を失って、即座に病院に担ぎ込まれたが、幸いにも急所は外れており、生還した。 
 取り敢えず安堵した。
 一個引っかかる点があり、ダツは、いつかのリスにやられた傷を、ほぼ正確に撃ち抜いていたのである。
 あいつは、あのリスの生まれ変わりか!?俺を恨んで……
 しかし……それならば、何故リスは初めに俺を狙ったのだろうか?
 考えても、分からない。
 
 動物園に行った時だった。
 それだけ動物にまつわる恐ろしい体験をしていて、よくもそんなところへ行けたものだなと、いま振り返って感心するが……何故か行くことになってしまったのである……
 まさか、檻の中の動物が……とは思っていたが、一寸先は闇……
 何が起こるか分からないのが、この世の理である。
 百獣の王「ライオン」……
 気高い雰囲気を持ちながらも、柵の中で、のんびり寝転がる姿は、日なたの野良猫のようであった。
 そんなのん気なことを考えていたのもつかの間……!!!
 ライオンが急に目つきを変えた……
 あ、この目は……
 種類は違うが……俺はこのライオンの眼に……かつての子犬が呈した「殺し屋の眼光」を垣間見た。
 「ウォオオオオオッッッ!!!!!」
 空気を震わせ、鼓膜を掴んで揺さぶるような、野獣の咆哮……
 ライオンが、鳥のように飛翔し、檻を飛び越え、俺の方へ向かってきた。

 俺は、反射的に逃げた。
 動物に狙われた際には、背を向けてはいけないというのは定説だが……そんなことを考えている暇はなかった。
 数秒間の間に、俺は何度もこれまでの人生を回顧した……
 奴の凶爪が背後に振り下ろされ……俺のリュックサックが引き裂かれた……
 ああ……死ぬのか……
 刹那……!
 ―ドウゥッッッ!!!
 済んでのところで、園内を回送する小さな車が突進し、ライオンを跳ね飛ばした。
 「大丈夫か!」
 職員の男性が降りてきて、俺を起こしてくれた。
 もし彼が、機転を利かせてくれなかったら、あるいは、あと一瞬でも遅れていたら……俺の身柄はリュックサックと同じような運命をたどっていたに違いない……
 「可哀想に……」なんて綺麗ごとは言いたくないが……麻酔銃どころか、実弾すら使える状況ではなかった。
 ライオンは、帰らぬ獣となった。
 
 ―――――――――――――――――――――――

 そうそう起こることでもなかったが、明らかに俺の運命はおかしい……異常だ……
 家の屋根に蜂の巣がついていることを知っていながらも、一生を蜂に刺されずに過ごす者だっているではないか……
 目に見えぬ力など信じないが……他に頼りようがない……不本意ながら、俺は占い師を訪ねた。

 ―――――――――――――――――――――――

 都会の喧騒から少し距離を置いた、裏町の一角……
 奇妙な黒いテントがあった。
 オバサンともオジサンともつかない謎の占い師が、俺を出迎えた。
 「やあ、よくおいでくださ……」
 げっ!!!
 占い師の傍らに、蛇がいたのである。
 それも、そこらへんで蜷局を巻いている野生ものの十倍もありそうな、巨大なやつである……
 いわゆる、何とかパイソンというやつだろう……
 そいつが……暴れだした!!!
 「こらっ!よしなさい!これっ!」
 占い師に鎌首を掴まれながらも、何とかパイソンは必死に暴れている……
 ……こいつも、もしかして俺を……
 「すみませんね、少々お待ちください……」
 占い師は、パイソンを掴んだまま、奥の部屋へ入ってしまった。
 俺は、呆然と立ちすくんだ。
 何だっていうんだ……一体……
 ―ガチャン!
 ケージに、鍵を掛けるような音がした。
 「やあ、すみませんね……驚かれたでしょう」
 柔らかいながらも、占い師の顔は、とても険しかった。
 「この商売を始めて長いんですが、こんなことは初めてです……」
 占い師はため息をついた……
 「彼は、あなたから逃げるために暴れ回っていましたね……あなたの運命には、よほど恐ろしい何かが憑りついているようです……私では、手に負えないかもしれない……」
 俺は、助けて欲しいと必死に請願した。しかし……
 「救う以前の問題なのです……あなたを不幸に追い落とす邪な何者かの正体が、掴める気がしない……」
 占い師はさらに苦悶の表情を呈した。
 「私の師を紹介します。すぐにでも相談してみてください。こちらから連絡を入れておきます」
 そう言って、連絡先をくれた。
 その占い師は、代金を取らなかった。
 どうせ素人には分からない世界のことだ。精神科医のように、適当に理由をつけて、金銭をせしめればいいものを……しかし……
 こうやって信憑性をもたせて、さらにこの師のもとで、高い金をぶん取るつもりではあるまいか……
 しかし、連絡先を見て……俺は凍り付く……
 『○○寺本山』
 寺……寺だと!?
ただの寺ならまだしも、全国的に有名な、由緒ある寺だ。
 一体どういうつもりだろう……
 しかし……行かない理由は無かった。
 
 ――――――――――――――――――――――

 長い石段を登り、門をくぐると……
 
 ―バババババッッッ!!!
 大量の鳩が飛び立った。
 
 「鳩は平和の象徴……良くない兆しですね……」
 住職と思われる男が、俺を眼差しを向けて言った。
 「お待ちしておりました。○○から連絡は聞いています。よく来てくださいました。」
 ○○とは、あの占い師の名前である……
 その後……
 俺は、普通の人間は入れないような、寺の奥の部屋に通された。

 ―――――――――――――――――――――――

 そこで……
「お茶をお持ちしました」

 え?……俺の思考は止まった。
 女だ……
 それもただの女ではない……
 純白の肌……
 煌びやかな艶髪…… 
 心を燃やすような口紅……
 淡い三日月のような優しい微笑み……
 均整の取れた身体……

 どんなに優れた高名な芸術家の美人画でも……
 どれほど高い倍率で選ばれた女優であろうと……
 どれだけ多くの金を積んで作りあげた整形顔でも……

 到底足元にも及ばないような美女がそこにいた……

 限られた生涯の中で……たとえ一瞬でも、この女が自分の視界に入ってくれたことを、俺は深く感謝した……
 あろうことか、彼女は、俺と目を合わせて、微笑んでいるのである。
 俺一人が、麗しいその視線を、独り占めにしているのである。
 
 そうだ……!
 空けない夜はない……止まない雨はないという……
 幸と不幸は表裏一体……
 俺の……これまでの命を削るような不幸の数々は……この幸せの前借りだったに違いない。
 俺は感動のあまり、涙を落とした。

 「あら、どうして泣いていらっしゃるの?」
 彼女は心配そうに見つめている。
 その視線もさることながら、何と美しい声だろう……
 西洋竪琴のような……
 小鳥のさえずりのような……
 水のせせらぎのような……
 だが、どれも本物には及ばない、官能的な……しかし心地よい音響だった。

 住職は、客の応対に行ったらしい。
 狭い部屋に、絶世の美女と二人だけだった。

 「ねえ?ちょっと付き合ってくれる?」
 彼女が不意に、俺の手を握った。
 !!!!!
 一瞬で昇華してしまいそうなほどに……血が湧き、肉が躍る感覚を……切に味わった。
 
 それでいて、花の蜜のような香り……
 視覚、聴覚、触覚、嗅覚……
 流石に味覚では感じ得ないが……
 ほぼすべての感覚器官及び、第六感でさえも……彼女の虜となった。

 彼女は俺と手をつなぎ、長い廊下を歩く……いつまでもこの感覚が続いて欲しかった。

 そこは、さらに小さな部屋……
 「ここはね……この寺の中で、一番古くから残ってる部屋なのよ」
 彼女は、接吻するかの如く顔を近づけ……微笑んだ。
 美しい……

 

 

 ―グシャッ!!!
 んん……???
 鈍い音…… 
 同時に、赤黒い何かが部屋の中へ飛び散った。
 ……?????

 「覚えているかしら?忘れたとは言わせないわ……」
 先ほどとは一転、恨みの感情に満ちた眼差し……殺し屋の眼光……!!!

 「ガス室……鉄格子……銃……兵隊……」

 一瞬、彼女の姿が、大柄で、そして血まみれの外国人の男のように見えた。
 違う……血まみれなのは俺の方だ……
 部屋に飛び散っているのは、間違いなく俺の血だった。

 「数えきれないほどの人に……あなたは一体何をしたの?」

 俺は……

 「死んだって許さないわ。私たちは永遠にあなたを呪い続ける。生まれてくるあなたに、永遠に死の苦しみをあたえ続ける。いつまでも、いつまでも……」

 俺は……まさか……

 「あたしはやっと人間になれたのよ……この機会は逃さないわ……」

 ああ……
 「ホロ……コ……スト」

 俺は、死の淵から落ちる直前……思い出した。
 俺という人間になる前の……
 もっともっと、はるか昔の魂に刻まれた記憶……
 
 そうだ。
 俺は……
 ずっとずっと遠い昔……

 

 

 

 独裁者だった。