No.12「階段」
1984年に起きた事件の話をしよう。
その2階建ての家には車椅子の老婆が一人で住んでいた。
夫が不可解な死を遂げてから、毎日家を訪れる介護師の助けを借りて、老婆は一人で家に住み続けた。
2階へ上がるためには、古い階段を登るしか手段がないため、介護師はやつれた老婆を背負って、家の1階と2階を行き来した。
ある日、警察へ通報が入る。
「うちで人が殺されているの……」
電話の主は車椅子の老婆だった。
当時の警察が人員不足だった事に加え、通報した老婆が言うには「すでに犯人は逃げた」とのことなので、警官が一人だけ現場に向かった。
老婆の家で警官が見たのは、家の1階で喉を切り裂かれて絶命している男性の介護師だった。
家主で目撃者の老婆は、事件発生時から家の2階にいたため、車椅子で階段を降りることが出来ず、襲われている介護士を助けられなかったと、涙を流しながら証言した。
この時、警官には気がかりなことがあった。
数年前に老婆の夫が1階のソファーで眠っている間に殺害された時も、車椅子の老婆は2階にいて早々に容疑者から外されたのだった。
同僚が捜査を担当していたが、結局、犯人の手がかりさえ見つからなかったと聞いたことがある。
とりあえず検視官が到着するまで、警官は現場の写真を撮影して証拠品を探した。
家の2階も見ていいか許可を求めると、警官には老婆がほんの一瞬、躊躇したように見えた。
「私は事件が起きた時は2階にいて……今日は他に誰も上には来ていませんよ」
階段を上がって老婆の脇を通り抜けると、狭い廊下の先に3つの部屋があった。
警官は1つずつドアをチェックし始める。
物置……
バスルーム……
そして、3つ目のドアは普通の寝室だった。
老婆が毎日寝ているであろうベッド、小さなテーブルとランプ、ワードローブ……
彼は部屋の隅々までチェックしたが、何か事件につながるような証拠品は発見できなかった。
しかし、ある事に気付いて警官は青ざめ、腰の拳銃に手をかけた。
老婆の夫が死んだ時の調査で、同僚は見落としていた……
この家の2階には電話が無い。
その時、部屋の外で物音がした。
彼は拳銃を構えながら部屋を飛び出し、廊下を進んで階段まで駆け寄った。が、そこに老婆の姿はなく車椅子だけが残されていた。
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No.13「メリアナ・モードガード・グレスゴフ」
かつて「メリアナ・モードガード・グレスゴフ」のタイトルで、YouTubeに動画がアップされていた。
現在では、このタイトルで検索しても動画は出てこないが、本来の動画を短く編集したものは、今でも閲覧することが出来るらしい。
20秒ほどの動画は、一人の無表情な男性がじっとカメラを見つめていて、ラスト2秒で笑うんだとか。
最初にアップされたオリジナルの動画の長さは2分あり、153人が視聴したところで削除された。
そして、動画を視聴した人たちはYouTubeへメールを送ったあとに、次々と自殺した。
自殺した視聴者たちは、腕に謎の文字を刻んでいたらしいが、それが何なのかは解読できていない。
YouTubeのスタッフでも一人だけ「メリアナ・モードガード・グレスゴフ」の動画を視聴したが、開始45秒後に突然叫び出し、発狂してしまった……
現在、動画を見た元スタッフはその時の記憶が抜け落ちているそうだ。
誰が何の目的で動画をアップしたのか明らかではなく、そこに映っていた男性も特定されていない。
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No.14「登校初日」
みんなも学校の登校初日はドキドキしただろ?
初めてのクラス、新しい友だち、夢と希望で溢れた一日だ。
でもね、僕は人とは違った理由で学校初日が大好きだった。
何を隠そう僕には、ある特殊な力があるんだ。
人を見ると、その周りに光のオーラが見えるんだよ。
オーラの色を見れば「その人が、あとどれくらい生きていられるか」わかるんだ。
ほとんどの子供は緑色のオーラに包まれている。
これは、その人の寿命が多く残っていることを意味する。
でも、緑色の中に黄色やオレンジが混ざっていると、その人は近い将来に交通事故なんかに巻き込まれるんだよ。
つまり、寿命を使い切る前に事故で死んでしまう人も多いんだよ。
発見した時に一番テンションが上がるのは、オーラが赤く縁取られている人を見つけた時さ。
その人達は「誰かに殺される」か「自殺する人たち」なんだよね。
もうわかるだろ?
僕は、新しいクラスメートの寿命を観察して楽しんでいたのさ。
つい先日、新学年の登校初日に、僕はワクワクしながら、いつもより早く登校して、教室でクラスメートが入ってくるのを待ち受けていたんだ。
一番最初に教室へ入ってきたヤツのオーラが赤く光ってるのを見た時は、思わず笑いそうになったよ。
でも……
おかしなことに、教室へ入ってくる生徒たちは、みんなオーラに赤が混じってるんだ……
さすがに僕も焦ったよ。
で、最期に教室へ入ってきた先生のオーラは緑色。
その時、ふと窓ガラスに映った自分のオーラも赤く光っているのを見て理解したよ。
なるほど、近いうち僕たちは先生に殺されるんだ。
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No.15「困った胃袋」
1700年頃にフランスで噂になっていた男の話です。
その男の名はタライレ。
小さな頃から食欲旺盛で、目につくものは何でも食べてしまう大食い。
あまりの食欲に、人々は「タライレの体の中には大きな胃袋があるだけだ」と呆れたほど。
留まることを知らない食欲が原因で家族からも見限られ、少年の頃に実家を追い出されたタライレは、旅芸人の仲間に加わり「何でも食べてしまう男」として、各地でショーに出演して人気を集めたそうです。
タライレは残飯だろうが生きた動物や昆虫まで、何でも胃袋の中に収めた。
その後、徴兵によって軍隊へ入隊することになると、食事が成人男性1人前しか支給されないため、食欲を満たせないタライレは空腹で倒れて病院へ送られました。
入院先の病院で、タライレは好奇心の強い医師の実験台となる。
タライレは医師に指示されるがままに、生きたヘビやウナギなど気味の悪い生き物、食材を喜んで食べ続けた。
しかしタライレは、この病院も強制的に退院させられてしまったのです。
原因は、タライレが来てから病院内に保管されていた遺体が次々と消えるようになったから……
消えた遺体の中には、戦場で亡くなったばかりの兵士、死産の胎児も含まれていたとか。
その後、タライレがどのような人生を送ったかは誰も知りません。
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No.16「ハイヒールの足音」
皆さんに相談したいことがあります。
まずは今から10年近く前、私が大学を卒業したばかりの頃の話を聞いてください。
当時、私はダウンタウンの古くて小さなアパートに住んでいました。
家賃も安く職場にも近かったので最初は満足していたのですが、数日で、その部屋に決めたことを後悔しました。
理由は真上の階の部屋に住む気味の悪い中年男です。
小柄で不潔で、階段ですれ違っても目を合わせないし、ほぼ1日中、部屋に閉じこもっている引きこもりのようで、下の階の私は、家にいる間ずっと男の気配を感じて、心が休まりませんでした。
さらに、午前0時を過ぎた頃になると、決まって天井から聞こえてくる奇妙な音が私を悩ませました。
「コツ……コツ……コツコツ……」とハイヒールで床を歩いているような小さな音が、朝になるまで絶えず聞こえてくるのです。
その音が原因で熟睡できず、上の階の中年男がハイヒールを履いて部屋を徘徊している姿を想像すると気分は最悪。
何度も文句を言いに行こうと思いましたが、あの気味の悪い男に関わるのが怖く、言い出せませんでした。
眠れない夜が何日か続いた後、私は、あることに気づきました。
夜中に聞こえてくる音には規則性があったのです。
まるで録音したテープを繰り返しかけているかのように、一晩中、同じリズムで「コツ……コツ……コツコツ……」と繰り返していました。
いつの間にか、私はすっかり音のパターンを暗記していましが、ついに耐えきれなくなってアパートを引っ越しました。
その後、結婚して娘も生まれ、当時の事もすっかり忘れていたんですが……
「ママ、この意味わかる?」
先日、学校から帰ってきた娘は、そう言ってキッチンテーブルをコツコツとノックしたんです。
全身から血の気が引く思いでした。
それは、かつて私が悩まされ続けた、あのハイヒールの足音のような音と同じパターンだったんです。
随分と長い間忘れていましたが、間違いありません。
思いもよらぬ記憶の一致に背筋が寒くなりました。
「わからないわ……意味なんてあるの?」
「学校でモールス信号を習ったの。今のは『助けて』って意味なんだって」
……皆さんの意見を聞かせてください。
今からでも、かつて住んでいたアパートの上の階の住人を警察に通報するべきでしょうか?
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No.17「3番目の願い」
暗い夜道。
年老いた男が一人で道端に座り込んでいた。
彼は、自分がどこへ向かっていたのか……自分がどこから来たのか……自分が誰なのかさえ思い出せず、その上、足の疲労は耐え難く途方にくれていた。
どれぐらい座っていたのかを考えるのも億劫な男が目線を上げると、いつの間にか目の前に老婆が立っていた。
彼女は大きく口を開けて笑い、こう言った。
「さあ、3番目の願いは何かしら?」
「……3番目の願い?」
老婆の言っている意味が、男にはさっぱり理解できなかった。
「もし……私が1番目と2番目の願いを持っていなかったら、どうするんだ?」
「覚えてないのも仕方がないけど、私は既に、あんたの願いを2つ叶えたんだよ。
ちなみに、あんたが2番目に願ったのは『1番目の願いを叶える前に戻してくれ』だったよ。
だから、あんたは何も覚えていないのさ」
老婆は、憐れな生き物を観察するような目で男を見下ろす。
「さあ、あんたに残された願いは、あと1つだけだよ」
「わ、わかった……こんなバカげた話を信じてるわけじゃないが、願いを言おう。
それなら、私が誰なのか教えてくれ」
男の願いを聞いた老婆は腹を抱えて笑い、一息つくと男の頭に手をかざした。
「それは、あんたの1番目の願いと同じじゃないか。まあいいよ、その願いを叶えてあげるよ」
そう言い残して老婆は音もなく姿を消した。
そして、全てを思い出して絶望する男の前に、二度と老婆が現れることはなかった。
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No.18「母の声」
少女が自分の部屋でくつろいでいると、下の階のキッチンから母親の呼ぶ声が聞こえた。
少女は階段を降りてキッチンへ向かう。
すると、階段の下にある戸棚が開き、少女は中から出てきた手につかまれ口を塞がれて中に引きずり込まれた。
何事かと少女は慌てたが、戸棚の中にいたのは母親だった。
しかし、どうも様子がおかしい。
母親は、少女の耳元で囁いた。
「キッチンに行ってはダメ。さっき呼んだのは私じゃないの」
No.19「中古のカメラ」
小包を開ける僕の手は、嬉しさで震えていた。
中に入っていたのは、オークションサイトで落札した中古のデジタル一眼レフカメラ。
新品では手が出なかったけど、ebayで驚くほど安い値段で落札できたから、手元に届くのが待ちきれなかったんだ。
早速、電源を入れてみると、本体にはメモリーカードが入ったままだった。
前の持ち主が入れっぱなしにして、忘れたのだろう。
もちろんメモリーカードは送り返すつもりだったけど、どんな写真が入っているのか気になって、悪いとは思いつつも覗いてみることにした。
最初にディスプレイへ表示されたのは、宅配便の発送伝票だった。
全く知らない男性の名前と住所が書き込まれていた。
次の写真は………………お腹に包丁が突き刺さった血まみれの男性……
発送伝票……
真っ赤な浴槽の中で白目をむく女性……
全身真っ黒に焦げで性別も年齢もわからない……
最後の写真は、ついさっき届いたばかりの小包に貼り付いていた、僕の自宅住所が書かれた発送伝票。
そして今、誰かがうちのインターフォンを鳴らした……
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No.20「水恐怖症」
物心ついた頃から、僕は水に潜るのが怖かった。
だから僕は泳げないし、友達から誘われても、水遊びには絶対に参加しませんでした。
父が言うには、僕は小さな頃に溺れて死にかけた事があったそうですけど、よく覚えていません。
ただ、我慢して水中に潜って水面を見上げると、僕にはいつも同じ女性の姿が見えるのです。
ブロンドの髪と青い目をした女性が、私を見て微笑みかけるのでした。
例えば、お風呂のお湯の中に潜った時でも、僕の目の前には、この女性が必ず現れます。
水の中は怖いけど、何だか無性に、その女性に逢いたくてお風呂に潜ることもありました。
彼女を見ると、穏やかな気持ちになれたんです。
誰にも言っていませんでしたが、もしかしたら、あの女性が自分の母親じゃないかと小さい頃から考えていました。
母は、僕が小さい頃に他界したため顔も覚えていないし、父も話したがらないし、写真でさえも見たことがありません。
ですが、つい最近、今まで父に黙っていた水中で見る女性について、初めて打ち明けました。
ブロンドヘアーや青い目など説明すると、父は明らかに動揺しているようでした。
父は多くを語りませんでしたが、僕が小さい頃に亡くなった母もブロンドの髪に青い目をしていて、僕のことをとても愛していたと教えてくれました。
その日から、僕の中で母に対する好奇心が膨らんでいったんです。
そこで、父に内緒で母について調べてみることにしました。
出生証明書から母の名前を見つけ出し、図書館で新聞を検索すれば、何か記事が出て来るのではと考えたんです。
そして今日、僕は母について書かれた新聞記事を発見してしまいました……
昨晩、28歳のマリー・ホワイトは施設を抜け出し、フェンスを乗り越えて侵入した貯水池で溺死しました。
葬儀は25日に家族によって行われる予定。
マリーは我が子を殺害しようとした罪に問われた裁判で、精神鑑定の結果、無罪となったが、6ヶ月前に施設へ強制収容された。
妻が風呂場で幼い息子を溺死させようとしていたところ、夫のダニエル・ホワイトが救出し、息子は一命をとりとめた。
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No.21「盲目の男」
第2次世界大戦直後、ドイツのベルリンでは物資の供給不足で多くの人が空腹に苦しんでいた。
これは、当時の人々が噂していた話。
ある女性が、人混みの中で杖をついて歩く盲目の男に声をかけた。
「何か私に手伝えることはありませんか?」
「では……メモに書いてある住所へ封筒を届けてくれませんか?」
盲目の男が指定した住所は彼女の帰宅途中だったので、快く引き受けることにした。
女性が封筒をバッグの中へしまい、他にも何か頼みごとはないか聞こうと顔をあげると、そこに男の姿はなかった。
あたりを見回すと、さっきまで持っていた杖を使わず、足早に人混みの中を通り過ぎていく男の後ろ姿が……
彼女は封筒を届けずに警察へ向かい、男から教えられた住所のことを伝えた。
すぐに警察が住所の建物に踏み込むと、そこには新鮮な肉が大量に保管され、作業をしていた人達は一斉に逃げ出した。
男が女性に届けるよう頼んだ封筒の中には、こんなメモが入れられていた。
「これが本日の最終出荷だ」
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No.22「オモチャの赤ちゃん」
かつて、アメリカのイリノイ州にある会社がリアルに作られた赤ちゃんのオモチャを販売した。
このオモチャは本物の赤ちゃんのように泣き出し、あやすと泣き止むようになっていた。
しかし、鳴き声を止めるのが難しく、多くの購入者を困らせた。
強制的に鳴き声を止めるには、強く叩かなければならず、次第に叩いても泣きやまなくなると、購入者の多くは床に叩きつけて壊してしまった。
泣き止まない赤ちゃんの声と、何かを叩きつける音を聞いた隣人が、警察に児童虐待で通報するケースも頻繁に発生。
そして発売から半年もせずに、オモチャを販売中止に追い込む事件が起きた。
ある日、オモチャの赤ちゃんを購入した母親が児童虐待で通報された。
現場に警官が到着すると、その家の床には血溜まりが出来ていて、うつろな目をした母親の腕の中では、オモチャの赤ちゃんが笑っていた。
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〇出典